2007年08月06日
反町ジャパンの強敵!?ロナウジーニョが五輪出場に意欲
日本にとっては厳しい情報ですがサッカーファンにとっては嬉しい情報がありました。
スペインリーグ・バルセロナのブラジル代表MFロナウジーニョが、08年北京五輪出場に意欲を示したのです。実兄で代理人のロベルト・ジ・アシス氏が4日、「彼はW杯、欧州CLなどでタイトルを獲得してきたが、まだ残っているものがある。五輪だ」とブラジル紙に明かした。23歳以下に出場権がある五輪本大会だが、3人のオーバーエージ枠があり、メダル獲得を目指す日本の強敵になる可能性は十分ある。
オリンピックでロナウジーニョの華麗なプレイが観たいものですね。
私はロナウジーニョが大好きです。少しそんなロナウジーニョについて説明します。
ロナウジーニョ・ガウーショ(Ronaldinho Gaúcho, 本名 ロナウド・デ・アシス・モレイラ:Ronaldo de Asiss Moreira, 1980年3月21日 - )はブラジル・ポルト・アレグレ出身のサッカー選手。ポジションはフォワード、ミッドフィルダー(主に1.5列目)。2006年現在、スペインのFCバルセロナに所属している。身長181cm。体重80kg。
ロナウジーニョは「小さなロナウド」の意味で、入団当時、代表に既にロナウドがいたのでこの愛称で呼ばれている。また、ガウーショとはカウボーイを意味し、ブラジル国内では南部地域、とりわけリオグランデ・ド・スル州とサンタカタリナ州出身の男性(気質)を強調する際に用いられる語である。(戦争の時にカウボーイが活躍したため) ブラジルでは、ロナウドをFenômeno(フェノーメノ、天変地異、転じて「怪物」)、ロナウジーニョをGaúcho(ガウーショ、ロナウジーニョ・ガウーショ)と呼び区別している。 2006年には、ゴマブックスから人生を叙事的につづった『ロナウジーニョ The Smiling Champion』が出版された。
2004年、2005年と2年連続でFIFA選出の世界最優秀選手に選ばれた。また2005年には欧州最優秀選手(バロンドール)にも選ばれ、ペレが選んだ偉大なサッカー選手100人『FIFA 100』、2006年にUEFAクラブ・フットボール年間最優秀選手に選出される。
試合中随所に見せる美麗なボール捌きは、見るものを魅了する。また、ペレ・ジーコ・リバウドなど、その世代で一番上手く、奇跡を起こせる選手に継承されているセレソン(ブラジル代表)の10番に必要な能力をすべて継承している選手である。
ブラジルA代表デビューは1999年6月26日のラトビア戦。その直後に開催されたコパ・アメリカのメンバーにも選ばれ、対ベネズエラ戦の技ありゴールはブラジル国民に希望を与えた。1999年のFIFAコンフェデレーションズカップと2000年シドニーオリンピック予選で得点王を獲得。2002年の日韓W杯では、ロナウド・リバウドと共に強力な攻撃ユニットを組み(3人のイニシャルから「3R」と呼ばれた)、優勝に貢献した。2006年のドイツW杯ではクラブでの活躍やバロンドールを獲得していることなどから「ロナウジーニョのための大会」とまで言われ注目を集めたが、結局1ゴールも挙げないままチームは準々決勝でフランスに敗れてしまい戦犯扱にされた。このことにブラジル国民は怒り、ブラジルにあるロナウジーニョの像が燃やされる事態にもなってしまった。
クラブでは、2003年にフランスのパリ・サンジェルマンからリバウドの後釜となり得る人材を探していたFCバルセロナに移籍。レアル・マドリードやマンチェスター・ユナイテッドとも交渉を行っていた。セレソンの先輩であるリバウドも背負った10番を身にまとい、ローテーションを取り入れたチームの中でも中心として君臨し、ソシオ(バルセロナを支える熱心なファン)たちに愛されている。彼がチームの攻撃に与える影響は大きく、彼がいる時といない時では周りの選手の動きも違う。 またソシオが選ぶバルセロナ史上最高の選手のも選ばれている。
ナイキのCMに出演しており、主にその華麗なボール捌きを題材にしている。特に、ボールを一度も落とす事なく4連続でクロスバーに命中させた映像は、実際のプレーなのか合成映像なのか論争となった(現在も真偽は不明であるが、本人は合成であることを否定している。また、ナイキジャパンのスタッフで現地にいた人間がおり、『あれは実際にやったプレー』と証言している)。また日本の企業・コニカミノルタのオフィス用コピー機のCMモデルとして出演し、その時にはGKを含む11人の選手を1人で全員こなす役柄を演じた(詳細)。また2006年放送の同社CMではキックターゲット(かつて筋肉番付シリーズで放送されたゲーム)のパネルに書かれた数々の妙技に挑戦するものが放送された。(テレビ放送では抜粋だが、サイトで全貌が掲載されている)その中にはドラムを叩きながらヘディングをしたり、ダチョウの卵を使ってのリフティング、更にはボールを触れることなくシュートするものまで登場している。
2006年にはナイキとの縁で、ファンであるマイケル・ジョーダンと対談した。スーパースターであるロナウジーニョも、さすがに憧れのジョーダンの前では子供のように目を輝かせていたのは印象的であった。
とにかく天才とは彼のことをいうのだと私は感じております。
いつまでも頑張って下さい!
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- at 19:09
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